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神楽【豊栄の舞】の歌について

こんにちは、花籠(はなかご)です。

みなさんは神楽をご覧になったことはありますか?

神楽とは

日本の神道神事において奉納するため奏される歌舞。

Wikipediaより

とされ、
そのルーツは古事記・日本書紀にて、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の横暴に怒った天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸に閉じこもってしまい(岩戸隠れ)、岩戸から出すために天鈿女命(あめのうずめ)が舞った神懸りの舞が、神楽の起源といわれています。

神楽(かぐら)の語源は、
「神座」(かむくら・かみくら)が転じたとされ、神座とは「神の宿るところ」「招魂・鎮魂を行う場所」を意味します。

神楽は、
宮中で行われる御神楽(みかぐら)と民間の里神楽(さとかぐら)に分けられ、また幾つかの神社では、近代で作られた神楽も行われています。

その近代で作られた神楽の中に豊栄の舞(とよさかのまい)という巫女神楽があります。通称「乙女舞」とも言われ、わたしが巫女になって初めて覚えた舞です。

豊栄の舞とは

豊栄の舞は、1950年(昭和25年)に設立間もなかった神社本庁により制定され作曲・作舞された祭祀舞のひとつです。

全国への普及を目的に、誰にでも簡単に分かりやすく舞うことの出来る舞として作られました。

巫女神楽では榊(さかき)を用いて舞うことが多いのですが、豊栄の舞では四季折々の草花を用いることもあります。

わたしも秋の例祭では五穀豊穣を祈り、その土地で採れた稲穂を用いて舞いました。

豊栄の舞には1番と2番があり、曲は結婚式でよく流れている雅楽の「越天楽(えてんらく)」が主題となり、昭和期の雅楽師で元宮内庁式部職楽部楽長 東儀和太郎(とうぎまさたろう)さん作曲の「風車」が1番と2番の間の間奏に使用されています。

歌詞は、国文学者で國學院大學名誉教授であった臼田甚五郎(うすだじんごろう)さんが作詞されています。

今回みなさんにご紹介したかったのは、この豊栄の舞の歌詞についてです。

豊栄の舞の歌詞

1番の歌詞

あけの雲わけ うらうらと  豊栄昇る 朝日子を
(あけのくもわけ うらうらと とよさかのぼる あさひこを)
 
神のみかげと 拝めば その日その日の 尊しや
(かみのみかげと おろがめば そのひそのひの とおとしや)

2番の歌詞

地にこぼれし 草のみの  芽生えて伸びて 美しく
(つちにこぼれし くさのみの めばえてのびて うるわしく)
 
春秋飾る 花見れば  神の恵みの 尊しや
(はるあきかざる はなみれば かみのめぐみの とおとしや)

1番の歌詞にある豊栄(とよさか)とは、「太陽がのぼり美しく輝くさま」をいいます。臼田氏が作詞にあたり最初に思い浮かんだのが「豊栄のぼる」という詩句であったようです。

毎朝昇ってくる太陽と、めぐる日々そのものへの感謝がうたわれています。

2番の歌詞は、豊栄の舞が作られた時代背景をうつしています。
空襲で焼けた工場の廃墟の中に、草が真っ青に萌えでていた光景からイメージし、
自然のなせる業、天に向かってのびる草花の生命力そのものに神の出現を感じ作ったものだといわれています。

日本では古くから、山や海、田んぼ、台所、果てには米粒など、自然に存在するものすべてに神が宿るとされていました。
それは、森羅万象、存在するもの全てへの畏敬の念が込められていたからです。

決して当たり前ではない日常を尊いものだとしたのです。

今この時に、この時だからこそお伝えしたいなと思いご紹介させていただきました。

最後に、実際に生田神社で舞われた豊栄の舞をご覧ください。
(わたしじゃないんかいってのは置いといて。笑)

多くの神社で広く舞われている舞です。
機会がありましたら、この舞に込められた思いをふと思い出していただけたらと思います。

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花籠

セラピスト。巫女。 鍼灸師、漢方医、歯科医などが集まる治療家の家系に育つ。 鍼灸師である母親の影響を受け、自身も癒しに特化した身体へのアプローチを学び、手のみで行う温かな施術にこだわる。 タロットやフーチを使用したリーディングも行う。